奥 麻里奈ドットコム

日々の散文と公式HP

今までフォローしてたサブカル界の住人たちのTwitterフォローを少し前から解除していきました。

好きな書き手の更新情報を知りたくてフォローしていくと、サブカル界隈の人たちの動向が自然に入って来るような状況になる。なぜならサブカル的要素が私にもあるから。

すると、サブカル界隈の人たちの交友関係とか、サブカル周辺の今の空気感とかを必要以上に知ってしまうことになる。私の把握してる限りでは今フェミニズム的な論争が渦巻いてます。こじらせ恋愛とか男性社会へのバッシングがトレンドと言っていいかもしれない、おそらく。

それ自体は私も共感・同意するんですけど、そういった論調のRTの集積ばかりを見ていると、なんだかそれが私にとってもライフワークとしているテーマのような気になってきたりする。

そしてサブカル界隈の人たちのネガティブ言動に気持ちが毒されてくる。

世の中のメインストリームへのアンチ精神が文化の源泉になっているからか何なのか、サブカルってルサンチマンの含有量が高いんですよね。

そしてそのルサンチマンを自己分析的に、あるいは批評的にどんどん深堀りしていくんですよ、分析に分析を重ねて。

私もその人間心理のあぶり出しに「そっかぁ〜なるほどなぁ」とすごく感心したりするんだけど、分析しまくった先に「……はて?」という気分になってしまう。

恨みつらみを言い募るように、あるいは内省に内省を重ねるようにうじうじ分析し続けて、何が得られるんだろう?

あるところまで行くと、このサブカルの流れについて行くことに対して懐疑的になり。

そしてはたと「私、そもそも恋愛とかフェミニズム的なことにそこまで関心あったっけ…?」と我に返りました。

一つ興味あるテーマではあるけど、私の一大ライフワークではない…そんなことより私、いろんな街に行って街の様子を見たいなぁ。

そう思って、好きだった書き手の人たちのフォローを思い切ってどんどん外しました。

一緒にドツボにはまって、精神が不衛生になってってるように思ったから。

あと、サブカル界隈ならではの内輪ノリが行き過ぎると嫌気が差してしまう。まあ、これはサブカルに限らずTVの中でもよく見かける現象だけど。

そういうのを目に触れずにいると、やはり前に比べて日々がすっきりしてきた気がします。

 

好きだけど、毒の含有量も高い、サブカル。だからこそ楽しい、サブカル。

純正100%のサブカル女ではない私にとっては取り扱い注意の領域です。

出張に行きたい。

 

この間、北陸新幹線が開通するに当たっての、石川出張のお仕事の打診がある編集部から来た。

「ん?その日は別の取材のお仕事をそちらからいただいていますが…」

「え?そうなんですか?…じゃあちょっとこちらで話し合って調整してみます」

 

数分後。

 

「調整した結果、もともとの取材の方に行ってください」

 

ゴーン!!!

 

「石川に行ってください」って言われるのを期待してたのに…惜しすぎる。

 

私はいろんな土地に行くのが好きだ。東京都内でも、行ったことがない土地で仕事があると嬉しい。普段あんまり乗らない電車に乗れるのも嬉しい。“とくに用事はないけど行ってみる”というより“必要に迫られて行ったことないところに行く”という状況が好ましい。その方が思いがけず面白い体験をすることが多いと経験上感じているからだ。つまり、期待していない心理状態の方が感動が大きいということだろう。「今日こそあの人と何か進展がある日なのかも…!」って期待しながら行く意中の人が来ている集まりより、「とにかく今すぐ髪を切りたくなった!どうにか今日切ってもらおう」っていう一心で行った美容室の方に思いがけない人の縁があったりする。だいたいそういう仕組みになってる。

 

だから私は“仕事”という強制力によって、行った先で出会う物事の偶発性を高めたい。「たまたま」の方が人生だいたい面白い。

 

そういう理由で、“たまたま行くことになった出張”にいっぱい行きたいんです。ダーツの旅みたいに振り回されたい。

 

「出張仕事があるけど、出張行ってる時間ない…誰かに振りたい」という方がよくいると小耳に挟みました。ぜひ私に取材のお仕事振ってください。どこでも快く引き受けます。内容、何でもいいです。

 

石川出張の無念をきっかけに、「『出張ライター』って名乗ったら仕事来るんじゃ…?」と思ったわたくし。

 

出張案件、承ります。遠慮なくお申し付けください。

英語が話せるようになりたい。

最近、ヨーロピアンの友達ができて、彼女と直接もっといっぱい話がしたい、と思うようになって、英語が話せるようになりたいと思うようになった。

今まで「英語を話せるようになりたい」って心から思ったことがなかったのに。

周りに英語英語って言ってる人たちが今までいっぱいいたけど、そんな得体の知れない焦りに乗る気はさらさらなかった。

 

話せば絶対、共感できることがいっぱいあるだろうって想像できるし、彼女とは絶対ウマが合う。

だけどどうやって勉強したらいいんだろう?学校に行くお金なんかないし。

彼女と遊ぶようになって、彼女の友達たちと接する機会も増えて、共通言語が英語、というシーンが増えた。

それで気付いたのは、今まで学校のリスニングで聴いてきた録音の声と、生で聴く英語の発音が全然違うということ。

まさに音楽を聴くときのCDとアコースティックライブの違いと同じ。

生音の英語は質の高いステレオで聴いてるような立体感、奥行き感がある。喉の奥から口先を出るまでの振動のプロセスまでも伝わってくるような。

だから全然、生で英語を聴いてる方が聞き取りやすいし、生で聴くダイナミズムがあってエキサイティングだ。

学校で英語に興味を持てなかった一番の理由はネイティブ英語の生音に触れてこなかったっていうのが最大の理由である気がする。

 

でもどこかで「できない」って思ってる自分がいる。

その前にやらないといけないことがあって、英語に費やす時間も労力もないだろうって、思い込んでる。

仕事をやらなくちゃいけないし、仕事を増やさなくちゃいけないし、もっと文章の表現活動をしないといけない。街活の趣味もあるし。

そこに力を注がないといけないのに、しかも別にそれさえも全然できてないのに、英語までできようとするなんて無理だ、と。

これがいわゆる心理的ブロックというやつなんだろうな。変なこだわりと、偏った思い込み。

 

彼女の遊びのお誘いに乗って、その場で周りが皆英語を話しているとき、すごいもどかしい。

喋りたいことがあるのに表現できないもどかしさ。

勉強が得意な子たちが集まってくる中高一貫校に通ってせっせこせっせこやってたおかげで、中3レベルくらいの「知識としての英語」が記憶の深層部に根付いているところがあって、それを掘り起こして来てFacebookでテキストコミュニケーションしたり、周りが何の話をしているかくらいは何となく聞き取ったりはできるけど、自分が話したいことが思う存分話せない。

 

彼女にちょっと似てるな〜と思っているテイラー・スウィフトのYouTubeを眺めながら「彼女と話せるようになりたいなぁ」っていう思いだけを募らせている。

動画のテイラー・スウィフトがMC中に話してることも満足に理解しきれないままに。

 

学校に通わないでどうやったら英語が話せるようになれますかね?いいアイデア持ってる方、ぜひ教えてください。