奥 麻里奈ドットコム

学ぶ母の生活と日々の散文

結婚について

結婚したら毎日が快適になった理由

結婚して初めて知ったことがある。それは、結婚すると独身のときよりも毎日が快適ということだ。

よく「結婚しただけだと何も変わらないよ。子どもができてから生活が180度変わったけど」というような話を友人から聞いていたが、結婚しただけでもかなり変わったというのが私の実感だ。その快適要因は何かということについて書こうと思う。

子どもの頃、家にいるのが快適だったかというとあまり快適ではなかった。私は18歳のときに大学進学のため実家を出て上京したが、大学進学は完全に口実で裏テーマは「実家脱出」だったのかもしれないなと今になって思う。高校時代は「絶対東京に行く」と言って実際東京の大学しか受けなかったほど東京行きを固く心に決めていたし、しかも「東京で一旗揚げてやる」的な意気込みを持っていたのだが、それは意識されているA面の理由で、無意識であるB面の理由が「家を出たい」だったんじゃないか、と最近になって思い始めた。では実家の何が快適じゃなかったのかと言うと、「家にいると自分のしたいように行動できない」ということだった。

一般的に言って、うちが何か決定的な問題がある家庭だったわけではない。もしかしたら本人はそう認識しているだけで実は問題ありだったのかもしれないけど、人がありかなしかなんて判定するのも難しい話だ。ただ、家族、とくに親にあれこれ干渉される家庭環境ではあった。進路も大学に行くのは当然のことだったし(単なる大学ではなく「いい」大学)、そういう大局的なことだけでなく、ずっと寝てたら怒られるとか、服を買ったら怒られるとか、友達と遊びに行こうとしたら引き止められるとか、土曜はなぜか買い物に付き合わされるとか、日常生活においても私の行動は親によって勝手に決められるような節があった。ある正月、叔母の家で過ごしていたとき、叔母と従弟と私で数時間のんびりテレビを観ていたひとときがあった。1時間、2時間、と寝転びながら正月番組を観続ける親子。「えっこんなにテレビ観てても怒られないんや…しかもおばちゃんもくだらん番組観ながら笑ってるし…」と衝撃を受けながらも何とも言えない居心地の良さを感じた。うちでは「非生産的なこと」に時間を遣うことが罪悪だったので、こんな場面はあり得なかった。叔母もそのままウトウト寝入ろうとしており、私は「寛ぐ」という心持ちをこのとき新鮮な感覚として味わった。
親が気に入らない行動は制限され、親がよしとする行動は許されたので、私は親が気に入らない行動についてはできるだけ隠れて行使したり、それが不可能な場合は親に反発して無理矢理行使したりするしかなかった。私は猫みたいに敵の顔色を伺って隙間をすり抜けるようにしながら、あるいは面と向かって大声で反抗しながら、自分の意思をなるべく通すようにしていた。うちは「子どもも含めた、家のことに関する主権はすべて親にある」という支配的な色が濃い家だったのかもしれない。私としては、当時自分のしようとすることほとんどのことについて「あかん」と言われた、というような印象がある。子どもの意思が尊重されることは滅多にない家だった。

だから、私は「自分の好きなように行動できる環境」を無意識に求めていたのだと思う。それには家を出るしかない。私の「自由になりたい」という思惑と親の「いい大学に行け」という意向とのアウフヘーベンにより導き出された指針が「親が認める東京の大学に行く」というものだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>