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ご挨拶

妊娠体験記録14 ありがとう

そろそろ妊娠生活も終わりのはずなのに思ったようにその終わりがまだ来ていない。それはもしかしたら私自身にこの日々のエンディングの意識が足りていないせいかもしれない。心のどこかで、「このままの日々がもうちょっと続くはず」と思っているのかもしれない。そういう母体の態度がお腹の子の一挙手一投足を司っているんじゃないか。予定日と言われている日に何も起こらないとそういう風に思えてくる。「1週間遅れて陣痛促進剤を打つことになったら、打たれる直前に陣痛がちょうど来た」という話をちらちらと聞いたが、これは「やばい!打たれてしまう!」と焦ったためにようやく心の底から「もう陣痛来てよし!来い!」と迎え撃つ心境になれたからなんじゃないかと思う。「もうこれで思い残すことはない、あとはいつでも産まれて来てね」という心境になるように、準備をし切ることと締めくくりの作業が必要な気がしてきた。私がここでやり残しているのは、妊娠生活の総括だ。

私の妊娠生活はとても幸せだった。この一言に尽きる。

その幸せの素は、夫の存在にある。こんなに幸せな日々をくれた夫に心から感謝している。「感謝」という言葉を、心の底から本当に使ったのは人生で初めてなような気がする。それくらい、この妊娠していた日々を振り返ると、夫に対する感謝の気持ちが自然に溢れてくる。

夫はフリーで仕事をしているので、基本的に毎日家にいる。この生活スタイルがまず私の幸せの基盤になっている。3食一緒に家でご飯を食べている。洗濯とか布団とかお風呂とかゴミとか虫退治とか庭に来る猫とか、家のことに同じように関心を持って一緒に生活をつくっている。散歩したりスクワットしたりマッサージしてくれたり、妊娠体のための活動にもコミットしてくれる。体調に関してもリアルタイムで知っていてくれる。家の周りを一緒に散策して自分たちが住む地域のことを一緒に知ることもできた。こんなにコンセンサスが取れるのは、まずは私たち夫婦独特の「一緒にいる時間が圧倒的に多い」という物理的条件に拠るものだ。幸せを形作っているのは仕事のスタイルと言っても過言ではない。私は気ままな専業主婦のように毎日ただ料理に埋没できた。

私の妊娠期間は、「子ども」をもう一度させてもらった期間だった。私はこの妊娠期間に赤ちゃん返りならぬ子ども返りをしていた。

子どもみたいに、自分に関心を向けて欲しいときに“構ってアピール”をすればすぐに応えてくれる夫。甘えたい気持ちを全部受け止めてくれる存在。私は長い間あらゆる人間関係の中で露にすることができなかった童心のような素直な欲求を何のためらいもなく当たり前のように夫に向かって表現した。

それを、「きっとお腹の子が私に憑依しているんだ」と思っていたが、果たしてそうか。今は、あれは紛れもなく私自身の内から発したものだったんじゃないかと思うようになってきた。私はきっと今まで人に甘えることに飢えてきた。本当はすごくすごく甘えたかったけど、そういう思いを持っていないものとして自分を取り扱ってきた。そういう日々を取り返すかのように大人の姿で“甘え直し”をした。

そんな甘え放題の日々を送らせてもらえたことで、私は子どもの気持ちというものを追体験できた。赤ちゃんが泣いたりぐずったり、子どもが親の行く先々を追っかけて回ったり、親に向けるベクトルの切実さを我が身で知った。

この体験が、私が子を産むための準備になったように思う。子どものありがちな行動のわけを、自分自身の生々しい欲求として感じることができたから。私が産んだ子が私にそういった欲求を向けてきたときすぐに掬ってあげられるように。もしかしたら自分が親の立場になった瞬間忘れてしまうかもしれないけど、忘れてしまったときはこの妊娠していた日々を思い出しますように。そのために書きつける。

そんなのんびりとした、安らかな、全肯定の日々。子ども時代以来味わっていなかった、幸せだけしかない時間を、夫のおかげでこの歳になってもう一度味わうことができた。

それも終わりが来る。私の子どもが生まれることによって。だけどそれは残念なことではない。季節が変わる、そういう種類のものだ。この幸せな日々は、妊娠といういずれは終わりが来る時間だからこそ存在したのだと思う。妊娠がいつ終わるか分からないものだったら、この満たされた日々はなかっただろう。

人生で一番幸せな時間を大人になった私にくれた夫に、心からありがとう。

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