奥 麻里奈ドットコム

学ぶ母の生活と日々の散文

妊娠してから13キロは増えた。測ったのは2週間前だから今はもっと増えてると思う。赤ちゃんにまつわる重さは最終的に7、8キロらしいので、残りの5、6キロは本体についたということだろう。

お腹が見た目にも目立ってきたのは7か月め頃で、6か月めくらいまでは傍目にはあまり目立たなかった。もちろん自分としてはお腹がいつもより膨らんでいるのは知っていたが、その頃着たウエディングドレス姿の写真を見ても妊婦にはあまり見えないくらいの膨らみだ。

ということは7か月め頃から一気に増えたのか、と言うとそういうわけでもない。私の場合、初期から順調なペースでどんどん増えていった。1か月2、3キロくらいのスピードで。私は食べ物関連の悪阻は全然なく、何でも美味しくもりもり食べていた。かと言って食べ過ぎていたかというとそこまででもない。食欲自体は通常体のときとあまり変わらない。もともとよく食べる方ではあるので普通によく食べていたらそれが素直に体重に反映されていった、という感覚である。普通、最終的に10〜12キロ増が目安らしいのですでにオーバーしてしまっており、さすがに「こんなんで大丈夫なのか?」と気掛かりではあるのだが、担当の先生は何も言って来ない。こないだ助産師さんに聞いたら「いや、とくに…気になるなら食べ物に気を付けてみてください」と言われる程度で、幸か不幸か全然厳しいことを言われない。私はもともと体重に変動があまりないタイプなので、病院で体重計に乗る度に「こんな体重見たことないわ……」という思いを毎回した。60キロ代とか今までの人生で未知の領域である。見た目はお腹以外のところはそこまで太った感じにも見えないので、「お腹以外のところでこんなに一体どこについたんや?」とお風呂に入る前、鏡に映った自分の体を見て毎回不思議に思っている。

が、体は実際重い。重いことによって、動くのが大変だ。まず、寝た状態から起き上がるとき、座った状態から立ち上がるとき、軽く「一念発起」の気合いが要る。そして必ず「よいしょーっ」と景気付けの掛け声をあげる。そうじゃないとやってられない。外を歩くときは、お腹を突き出してのっしのっしと地を踏むお相撲さんの気持ちになる。坂道や階段はすぐ息が上がってきてノロノロスピードじゃないと進めない。もともとややせっかち気味なので、信号や電車に間に合おうとしてすぐ走るような、キレよくシャッシャッと体を使う人間だったのに、今はすっかりのんびり屋さんになった。

体が重い→動くのに労力がかかる→体を動かすのが億劫→省エネモード→ますます太る→最初に戻る

これが、太った人の心理である。妊娠したことで、手に取るように分かってしまった。これは、太った人は大変だ。2、3キロ痩せようとする人と10キロ痩せようとする人とでは覚悟も苦労も2乗の比例、2次関数的な量の差がある。ハンデがものすごい。逆に、子どもが何故あんなに落ち着きなく動き回るのかというと、体が軽いからである、絶対。物理的な問題であって、「子どもだから」とかではない。私たちは大人になって重量が加わることにより身軽さを失い落ち着きを得てしまった。考え方に子どものような柔軟さがなくなるのも身体的な制限に由来するのではないだろうか。子どもの心になるには子どもの体が必要だ。

高齢者も同様、キレよく関節を使えないので慎重に歩かざるを得ない。これはもう、どうしようもない。「早く歩いてよ」というイライラを押し付けることは不毛の極み。ゆくゆくは明日はわが身なのだから。駅に行く度に高齢者に共感を寄せる自分がいる。我らは今同じカテゴリに括られる人種だ。

一度太ってしまったら恐ろしいループに入ってしまう。でも世の中の大多数の人は時間をかけて気付かないうちにその2次関数ループに入っていく。私はその例外になりたい。全員そうだろうけど。出産後果たしてこの体は一体どう出るか?願わくば、脂肪吸引エステのごとく、新たな生命体にちうちうとどんどん吸い取ってもらいたい。

妊娠してから変わったことはほかにもある。初期からずっとあるのは頻尿。お腹の子に送る血液をつくるために水分が必要っていうのと、膀胱が子宮に圧迫されて出やすくなるっていうのがあって起こるらしい。ある程度お腹が膨らんできてから症状が起こってくるみたいだけど、私は妊娠が分かった頃の初期からなぜか頻繁におしっこに行きたくなっていた。おしっこを頻繁にしたくなるっていうのはけっこう大変だ。したくなるだけで実際はそこまで出なかったりもするので無駄な1回だったように思えたりもよくするし、第一、何回もトイレのための動作をするのが面倒だ。とくに冬。妊娠中というのもあり、冬は必ずズボンの下にタイツかレギンスを履いているうえ、腰痛を抑えるトコちゃんベルトというものを恥骨周りにつけているので、お尻周りが重装備になっていてゴソゴソしていて脱ぎにくい。ズボンを下ろし→タイツを下ろし→パンツに被さっている上の下着の裾をたくし上げ→ようやくパンツを脱ぐ、といった感じでいちいち何枚も剥ぐようにして脱ぐ作業をしなくちゃならないのがとても億劫だった。外出先でコートを着てるとより大変。脱いだあとは再び被服構造を元に戻さなければいけないので、その作業も再び一苦労。冬を抜けた今はちょっと楽になった。

ほかに、初期からめっきり変わったのは、毎回必ず夢を見る体質(脳質?)になったこと。産科医にそれを言ったら、「それは今回あなたが妊娠したことであなたが33年間生きてきた人生の経験なりが夢という形で何かを表しているのでしょう」というような答えが返ってきた。今から思えばけっこう親身になってくれた回答だと思う。私が思うに、妊娠中は眠りが浅くなりやすいのだと思う。初期は初期の具合の悪さがあり、中期以降はお腹の重みをいつも携えているという物理的な調子の悪さがあり、万全の体調で寝られるということがない。だからいつも眠りに不完全燃焼感が残る。夢を見やすい睡眠態勢にあるのだと思う。

初期の頃はとくに毎回嫌な夢を見るので起きるたびに疲弊、消耗していた。おそらく、精神的に不安が大きかったのだろう。というのも、妊娠が分かったとき、のちの夫が仕事で海外に行っており、戻って来るのが2週間以上先で、気持ちの面で頼れる存在が側にいなかったからだ。その間に彼にLINEで言ったので今でも覚えている悪夢が「なぜか私がキムタクになっていて、すごく便意があるのに興味本位から周りの人にその姿を覗かれていて、出したくても出せなくて苦しむ」というものだ。自分がキムタクになっているというのがまず謎だが(別にとくに好きだったわけでもないし、そこまで興味があるわけでもないから)、すごく出したいのに人に見られているために出てこない、というのがものすごく苦しかった。夢で感じる感情というのは、現実世界で感じているよりももっとダイレクトで鮮明だ。このときはめちゃくちゃ追い詰められた。本当に夢で良かった。今これを分析するとしたら、キムタクは置いといて、体の中にずっといる存在のためにままならなくなっている体調から今すぐ抜け出したい、早く出産してしまってすっきりしたい、という願望だったのかもしれない。素人考えではあるが。初期なので体調の悪さごと妊娠を受け入れる心構えができあがっておらず、とにかくこの体調から逃れたい、という短絡的な衝動があったのだろうか。

彼が帰って来てからは悪夢ではなくなった。とはいえ、幸せな夢でもない。奇妙で支離滅裂な夢ばかりで、悪夢ほどではないが気持ちの良いものでもない。たぶん快眠でないからだと思う。今日見たのは珍しく筋が通っている夢で、「通っている学校(場所は私が通っていた小学校だが、中身は通っていた中高、という設定)が突然、制服じゃなく私服で良くなり、自転車で通ってもOKになっていた。しかも入ってはいけないとされていた門から入るのもOKに。場面が移り、受けたテストの成績が2位でとても良かった」というような内容だった。この、制服や自転車や門などの制限を解除されたことによって一気に気持ちが解放され、「制限されて抑圧されている状態というのはものすごく精神的に不自由なことだったんだ」ということを夢の中でまざまざと感じていた。現実世界ではここまで自由不自由を感情的に実感することはないから、起きたとき、とても重要な体験をしたと思った。少し前は、「知り合いが隣の部屋に住んでいて、私がその人の部屋に勝手に私物を置いている。そのときも不在だと思い、勝手に上がり込んで私物を置いていたが、『もしや』と思って振り返ると、その人がいた。咄嗟に『ごめんなさい、ごめんなさい』と謝った」という夢を見た。私が私物を置いている一部始終をその人が見ていたことに気付いたときの背筋がビーンとなった感じと、すぐに「悪いことをした」と思う素直な態度が、なかなか現実では出てくる機会がないように思う。夢の中では私はとても感情的でいられる。

夢の内容は起きたときその都度夫に話している。結局その都度忘れていくのだが。そのとき湧き上がった気持ちをすぐ伝えられる相手がいるというのはとても安心できることだ。

妊娠する前、私は夜にランニングを始めた。というのは、当時タクシー運転手の仕事にチャレンジし始めたのだが(唐突だが本当。やりたいことがあって、その手段として思いついた。ペーパードライバーなのに合宿に行って二種免許を取ったうえ、東京の道を走るのに必須である地理試験もクリアした。)、その職場にいたタクシー運転手のおっちゃんたちの体を見て「あ、きっとタクシー運転手の生活を漫然と続けてたらこういう体になるんやな……」と悟ったからだ。お腹周りにでっぷりと円形のハリボテがついたような、脂肪肝が詰まってそうな体型のおっちゃんたちがワラワラといた。さすがにこうなるのはまずいという危機感から、毎夜近所の緑道まで自転車を走らせて、1時間ほど走る生活を開始した。この頃は、これまでとは違う景色の、新たな人生の季節へ転換していく兆しをそこはかとなく感じていたときだった。

けっこうストイックに2週間ほどランニングを続けたら、膝が痛くなってしまった。のちに夫となるスポーツマンの彼に聞いたところ、「しばらく走るのはやめた方がいい」とアドバイスされ、中断。しばらくしてまた再開したが、痛みがさらにひどくなってしまい、再度中断した。この痛みがなかなかやまず、お休み期間が長く続いてしまった。その間、風邪になったときがあり、風邪ついでに整形外科で診てもらったら「靴が良くない。底の分厚いスニーカーじゃないと関節を傷めるよ」と言われた。それで、近所の靴屋でランニングシューズを取り寄せ注文した。2度目に中断してから1か月ほど経っていた。

そして、ランニングシューズがまだ届かないうちに妊娠が判明した。産科医に「ランニングをしても大丈夫ですか?」と聞いたら「それはいつもしてることですか?」と尋ねられ、「いえ、最近始めたばかりです」と答えたら、「じゃあダメです。いつもしてることならいい。いつもしてない運動はしないこと」と言われた。自転車に乗るのもやめた方がいいらしい。東京の歩道はいきなり人が出てきたりしてアクシデントが多いからだ。タクシーの仕事も「よく休憩を取りながらやってください」と最初は言われたのだが、2回目のときには「車の運転は咄嗟の判断が必要で、緊張の連続にさらされる。それが母体に負担であるし、妊娠中は頭がボーッとしがちで集中力が低下するので事故に繋がる危険があり、あまりやらない方がいい」と言われた。このときから私はランニングも自転車に乗ることもしない生活に変えた。始めたばかりのタクシーの仕事も1か月後に辞める決断をした。

妊娠したら無茶な運動ができないのは想像できるにしても、自転車に乗れないとは知らなかった。車の運転もあまり良くないということも。要は「ヒヤリハット」が母体に良くないのだ。それでお腹の子がお腹に居続けられなくなったら、その母体の持ち主である私の責任だ。その自覚がちゃんと根付くまでに妊娠判明から約1か月かかった。妊娠体が平常の状態ではないということを、その体の持ち主である本人が受け入れるまでに1か月のタイムラグが生じた。毎日「何か辛いな…しんどいな…」と感じているのにも関わらず。タクシーを断念する前は、夫と一緒に住む物件をタクシー会社に通いやすい立地条件で探していたほどだった。脳みそというのはけっこう頑固にできている。

タクシーも辞め、引っ越しもし、入籍も式も終えたあとになって、あの膝を傷めた期間のことを不思議な気持ちで思い出した。「なんでかあのときずっと膝治らなかったな」と。そして、ハッと気付いた。「もしかして、あれが赤ちゃんを守ったんじゃ…?」膝の痛みがお腹の中の存在を無事に留めていたんじゃないか。命が発生したのは確かに走るのを休憩していたさなかだった。

この符号をただの偶然と思うには辻褄が合いすぎると私は感じる。神様が居るのかは知らないけど、神様的な、宇宙の何らかの計らいであるように感じている。大げさに聞こえるかもしれないけど、けっこうそういう風に人生はできているものだと感じる1つの出来事だった。

今私は妊娠中だ。生まれるまでもう少し。生まれるまで何が起こるか分からないのでここで書くのをためらっていたが、やはり妊娠中ならではの記録を残しておきたいと思ったのでやっぱり書くことにした。

妊娠してから知ったことが山ほどあった。自分が妊娠するまで妊娠に関してほとんど無知だったということだ。

まず、2〜4か月めくらいの妊娠初期がこんなに辛いものだとは全然知らなかった。私は悪阻がほとんどなかったにも関わらず、それでもいつも何となく一日中気持ち悪かったし、だるくてしんどかった。この「何となく」っていうのがくせ者で、「吐く」とかはっきりとした症状ではないから、へたってしまってきちんとした日常が過ごせないのは自分の頑張りが足りないからだという罪悪感があった。歩くのも、電車乗るのも、仕事するのも、家事するのもしんどくて、時間通りにきっちりと行動できなかった。でも今から思えば明らかに全然通常運行できない体調だった。というのは4、5か月めからの安定期に入ったら「何となくしんどい」のがなくなったからだ。あんな状態でサラリーマン妊婦たちが毎日満員電車に乗って会社に行って一日仕事してまた電車に乗って帰って、という生活を送っているというのが信じられなかった。ひえ〜〜〜と思った。私には到底無理だ。満員電車に乗る必要がない身分で本当に良かったけど、会社勤めしてる妊娠初期女性を解放してやれや〜怒 とも思った。この時期は本当にお腹の子の存続がかかってるので、この時期に休む制度があった方がいいと思う。安定期に入ってから仕事再開で。

電車では、とくにラッシュのときほど席を譲られることがなかった。妊婦マークが見えてないというのもあるけど、都心では優先席も普通の席と同様、空いた席めがけて座るのが当たり前になってて、「座るべき人がほかにいるかも」という配慮すら最初からしようとする意思がないみたいだった。だからマークも目に入れようと最初からしてない。それに、以前の私と同様、妊娠初期ほどお腹の子が危ないという知識もないだろうから、お腹が膨らんでないとマークついてても余計に譲ろうとは思わないだろう。「まだ膨らんでないから我慢しろ、こっちも毎日疲れてんだから座る権利ある」くらいの感じだろう。妊娠は「お腹にちょっと何か入ってるだけで、それ以外はほかの人と何も変わらない」という認識なんだと思う。まじで、妊娠体になると全然体調が違うから譲ってあげて欲しい。私も今まで配慮が足りなかったと思う。もうちょっと妊婦がいないか気を配るべきだった。これからは率先して譲る。

出張に行きたい。

 

この間、北陸新幹線が開通するに当たっての、石川出張のお仕事の打診がある編集部から来た。

「ん?その日は別の取材のお仕事をそちらからいただいていますが…」

「え?そうなんですか?…じゃあちょっとこちらで話し合って調整してみます」

 

数分後。

 

「調整した結果、もともとの取材の方に行ってください」

 

ゴーン!!!

 

「石川に行ってください」って言われるのを期待してたのに…惜しすぎる。

 

私はいろんな土地に行くのが好きだ。東京都内でも、行ったことがない土地で仕事があると嬉しい。普段あんまり乗らない電車に乗れるのも嬉しい。“とくに用事はないけど行ってみる”というより“必要に迫られて行ったことないところに行く”という状況が好ましい。その方が思いがけず面白い体験をすることが多いと経験上感じているからだ。つまり、期待していない心理状態の方が感動が大きいということだろう。「今日こそあの人と何か進展がある日なのかも…!」って期待しながら行く意中の人が来ている集まりより、「とにかく今すぐ髪を切りたくなった!どうにか今日切ってもらおう」っていう一心で行った美容室の方に思いがけない人の縁があったりする。だいたいそういう仕組みになってる。

 

だから私は“仕事”という強制力によって、行った先で出会う物事の偶発性を高めたい。「たまたま」の方が人生だいたい面白い。

 

そういう理由で、“たまたま行くことになった出張”にいっぱい行きたいんです。ダーツの旅みたいに振り回されたい。

 

「出張仕事があるけど、出張行ってる時間ない…誰かに振りたい」という方がよくいると小耳に挟みました。ぜひ私に取材のお仕事振ってください。どこでも快く引き受けます。内容、何でもいいです。

 

石川出張の無念をきっかけに、「『出張ライター』って名乗ったら仕事来るんじゃ…?」と思ったわたくし。

 

出張案件、承ります。遠慮なくお申し付けください。