奥 麻里奈ドットコム

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妊娠する前、私は夜にランニングを始めた。というのは、当時タクシー運転手の仕事にチャレンジし始めたのだが(唐突だが本当。やりたいことがあって、その手段として思いついた。ペーパードライバーなのに合宿に行って二種免許を取ったうえ、東京の道を走るのに必須である地理試験もクリアした。)、その職場にいたタクシー運転手のおっちゃんたちの体を見て「あ、きっとタクシー運転手の生活を漫然と続けてたらこういう体になるんやな……」と悟ったからだ。お腹周りにでっぷりと円形のハリボテがついたような、脂肪肝が詰まってそうな体型のおっちゃんたちがワラワラといた。さすがにこうなるのはまずいという危機感から、毎夜近所の緑道まで自転車を走らせて、1時間ほど走る生活を開始した。この頃は、これまでとは違う景色の、新たな人生の季節へ転換していく兆しをそこはかとなく感じていたときだった。

けっこうストイックに2週間ほどランニングを続けたら、膝が痛くなってしまった。のちに夫となるスポーツマンの彼に聞いたところ、「しばらく走るのはやめた方がいい」とアドバイスされ、中断。しばらくしてまた再開したが、痛みがさらにひどくなってしまい、再度中断した。この痛みがなかなかやまず、お休み期間が長く続いてしまった。その間、風邪になったときがあり、風邪ついでに整形外科で診てもらったら「靴が良くない。底の分厚いスニーカーじゃないと関節を傷めるよ」と言われた。それで、近所の靴屋でランニングシューズを取り寄せ注文した。2度目に中断してから1か月ほど経っていた。

そして、ランニングシューズがまだ届かないうちに妊娠が判明した。産科医に「ランニングをしても大丈夫ですか?」と聞いたら「それはいつもしてることですか?」と尋ねられ、「いえ、最近始めたばかりです」と答えたら、「じゃあダメです。いつもしてることならいい。いつもしてない運動はしないこと」と言われた。自転車に乗るのもやめた方がいいらしい。東京の歩道はいきなり人が出てきたりしてアクシデントが多いからだ。タクシーの仕事も「よく休憩を取りながらやってください」と最初は言われたのだが、2回目のときには「車の運転は咄嗟の判断が必要で、緊張の連続にさらされる。それが母体に負担であるし、妊娠中は頭がボーッとしがちで集中力が低下するので事故に繋がる危険があり、あまりやらない方がいい」と言われた。このときから私はランニングも自転車に乗ることもしない生活に変えた。始めたばかりのタクシーの仕事も1か月後に辞める決断をした。

妊娠したら無茶な運動ができないのは想像できるにしても、自転車に乗れないとは知らなかった。車の運転もあまり良くないということも。要は「ヒヤリハット」が母体に良くないのだ。それでお腹の子がお腹に居続けられなくなったら、その母体の持ち主である私の責任だ。その自覚がちゃんと根付くまでに妊娠判明から約1か月かかった。妊娠体が平常の状態ではないということを、その体の持ち主である本人が受け入れるまでに1か月のタイムラグが生じた。毎日「何か辛いな…しんどいな…」と感じているのにも関わらず。タクシーを断念する前は、夫と一緒に住む物件をタクシー会社に通いやすい立地条件で探していたほどだった。脳みそというのはけっこう頑固にできている。

タクシーも辞め、引っ越しもし、入籍も式も終えたあとになって、あの膝を傷めた期間のことを不思議な気持ちで思い出した。「なんでかあのときずっと膝治らなかったな」と。そして、ハッと気付いた。「もしかして、あれが赤ちゃんを守ったんじゃ…?」膝の痛みがお腹の中の存在を無事に留めていたんじゃないか。命が発生したのは確かに走るのを休憩していたさなかだった。

この符号をただの偶然と思うには辻褄が合いすぎると私は感じる。神様が居るのかは知らないけど、神様的な、宇宙の何らかの計らいであるように感じている。大げさに聞こえるかもしれないけど、けっこうそういう風に人生はできているものだと感じる1つの出来事だった。

今私は妊娠中だ。生まれるまでもう少し。生まれるまで何が起こるか分からないのでここで書くのをためらっていたが、やはり妊娠中ならではの記録を残しておきたいと思ったのでやっぱり書くことにした。

妊娠してから知ったことが山ほどあった。自分が妊娠するまで妊娠に関してほとんど無知だったということだ。

まず、2〜4か月めくらいの妊娠初期がこんなに辛いものだとは全然知らなかった。私は悪阻がほとんどなかったにも関わらず、それでもいつも何となく一日中気持ち悪かったし、だるくてしんどかった。この「何となく」っていうのがくせ者で、「吐く」とかはっきりとした症状ではないから、へたってしまってきちんとした日常が過ごせないのは自分の頑張りが足りないからだという罪悪感があった。歩くのも、電車乗るのも、仕事するのも、家事するのもしんどくて、時間通りにきっちりと行動できなかった。でも今から思えば明らかに全然通常運行できない体調だった。というのは4、5か月めからの安定期に入ったら「何となくしんどい」のがなくなったからだ。あんな状態でサラリーマン妊婦たちが毎日満員電車に乗って会社に行って一日仕事してまた電車に乗って帰って、という生活を送っているというのが信じられなかった。ひえ〜〜〜と思った。私には到底無理だ。満員電車に乗る必要がない身分で本当に良かったけど、会社勤めしてる妊娠初期女性を解放してやれや〜怒 とも思った。この時期は本当にお腹の子の存続がかかってるので、この時期に休む制度があった方がいいと思う。安定期に入ってから仕事再開で。

電車では、とくにラッシュのときほど席を譲られることがなかった。妊婦マークが見えてないというのもあるけど、都心では優先席も普通の席と同様、空いた席めがけて座るのが当たり前になってて、「座るべき人がほかにいるかも」という配慮すら最初からしようとする意思がないみたいだった。だからマークも目に入れようと最初からしてない。それに、以前の私と同様、妊娠初期ほどお腹の子が危ないという知識もないだろうから、お腹が膨らんでないとマークついてても余計に譲ろうとは思わないだろう。「まだ膨らんでないから我慢しろ、こっちも毎日疲れてんだから座る権利ある」くらいの感じだろう。妊娠は「お腹にちょっと何か入ってるだけで、それ以外はほかの人と何も変わらない」という認識なんだと思う。まじで、妊娠体になると全然体調が違うから譲ってあげて欲しい。私も今まで配慮が足りなかったと思う。もうちょっと妊婦がいないか気を配るべきだった。これからは率先して譲る。