奥 麻里奈ドットコム

学ぶ母の生活と日々の散文

またさらに話は続く。

それで、もう一つ、「この社会では結婚しないと自分の人生の主権を手に入れられない」ということに気付いたことで恐れていることがある。それは、今度は私がその主権でもって自分の子どもに、これまで自分が心底嫌だと思っていたのと同じ思いをさせてしまう立場になるということだ。

これは私の超・個人的な感情で一般化できるものではないというのは重々承知なのだが、私は、会社員を7年やって、心底会社員という立場が嫌になってしまった。雇われている立場であるために、ただの一個人であることを差し置いて、その会社の人間としての発言をしないといけない、単なるひとりの人間としてものが言えない、ということにものすごいストレスを感じていた。その嫌さはトラウマレベルで、今はもう2度と会社員にはなりたくないと思っている。だから逆に、人の人生をコントロールする存在である、経営者にもなりたくない。そういう理由で、会社をつくりたいと思ったことは1度もない。自分がされて嫌だと感じていたことを自分がする側にはなりたくないから。だからフリーランスという立場がいい。組織に入りたくない。私は自由でいたいし、ほかの人も好きなようにしていて欲しい、それが理想だと思っている。これとまったく同じ論理で、結婚したことで家庭の中での意思決定権を手に入れた私が、今度は子どもをコントロールする側になってしまうのではないか、ということを恐れているのである。

これはもう、親となる限り逃れられないことなのだろう。きっとある程度諦めるしかない。できるだけ、子どもの意思を尊重する親になって、子どもが息苦しさを感じない、居心地の良い家にしたいと思う。

私がここまで思うのは、もしかしたら家にしろ学校にしろ会社にしろ普通よりも過干渉な環境に身を置くことが多かったからかもしれない。私が感じてきたようなことって世の中的には「えっそんなに?考え過ぎじゃないの?」という感じなのかもしれないなと思ったりする。世の中の人はそこまで人にコントロールされることなくやってきているのが普通なのだろうか?コントロールされる環境にいることが多かった私がちゃんと子どもに対して支配的な態度を取ることなく接することができるものなのかどうか、今はそこを心配している。

昨日の続き。

家族の中で意思決定の主権を持っている人。それは親だ。子どもは、何かを決める権利を持たず、親に従属する存在。

家庭を持ったことで、家族というものはそういう構造になっているという事実にようやく気付いた。私が今まで不本意に感じていたり、窮屈に思っていたりしたのは、ずっとこれまで私が「子ども」という立場であり続けたからだ。そして、それを克服するには、この日本という国では経済的自立を果たすだけでは足りず、「結婚」という手段を取らなければ、つまり、自分自身が家庭の中での「親」に相当する存在にならなければならないのだ。

これって、かなり理不尽な事態ではなかろうか。独身で居続ける限りは周りから自動的に「子ども」と看做されるのだから。もちろん、私のように、自分自身が精神的に「親の子ども」で居続けてしまったがために、より「意思決定権を与えるに値しない未熟な人」扱いをされる事態を引き起こしている人がこの国にはたくさんいるとは思うのだが。

今結婚しない人が増えていて、生涯未婚で生きていく人の存在感が増しているが、そういういわゆるダイバーシティな社会においては独身者に対する子ども扱いを社会の方からやめた方がいいと思うし、独身者自身も「子ども」ポジションに甘んじ続ける態度をどこかで断つ必要があるんじゃないか。そうじゃないと、いつまで経っても独身者に対する風当たりの強さと偏見はなくならず、結局結婚することでしか自己解決できなくなってしまう。そう考えると、独身者の場合、「ひとりでも一家の主」であることを認められるための儀式ーちょうど「結婚」に代わる儀式、をする慣習が根付くといいのではないか。昔で言う「元服」みたいな通過儀礼というか。「元服」とは意味が違うのだけれども。

さらに昨日の続き。

独身である限り「親の子ども」という立場から離れられないというのはどういうことだろう。独身だといつまで経っても実家と一人暮らしの私の関係は本店と支店みたいなもので、結局「同じ店」であることに変わりはない。独身者は修行した店を出て完全に独立開業した店のようには扱われない。それが「結婚していなければ一人前ではない」という風に世間では見られがちであることの表れだ。日本という国はどうもそういう文化であるらしい。何故なんだろう。外国のことは知らないけど、子どもを自立させようという意識が旺盛なアメリカとかでは違ったりするのだろうか。

一人暮らしをしている家は私が選んだ家具や生活用品、私の趣味の服や本などでつくり上げたマイワールド空間が出来上がっていたし、私自身も30を過ぎてから「自分の力で生きていく」という意識が強くなって、家事スキルしかり確定申告しかり携帯料金の大幅削減研究しかり…生活全般について何でも自力でやる「ひとり運営」力をめきめきと上げてきていた。いわばひとり会社、ひとり家庭、劇団ひとり、みたいなことに必要な力だ。だけど一方で、今から思い返せばだが、家にひとりでいるとき、何にも縛られない解放感と同時にすべて自己完結しているがゆえの所在なさ、みたいなものを感じてもいたように思う。私が当時夢中になっていた(今も大好きで新刊が出る度に買うが)漫画「東京都北区赤羽」の面白さを伝える相手もいなければ、東京のローカルな街を見に行く「街活」の面白さについて訴える相手もいない。そういう「今の私」をずっと見ていてくれる存在がいないので、一人二役で「こんな私」と「…っていう私を見ている私」を自前で演じているような感覚もあった。

話は少し逸れたが、そういった生活を続けていた矢先、今の夫と出会い、結婚する流れになった。一人暮らしは昨年終わりを迎え、2人で暮らし始めた。

2人の生活が新居で始まったとき、「これから自分たちの空間を自分たちの手でつくり上げていくんだ」という意欲のような、積極的な実感が湧いてきた。こういう積極性は一人暮らしのときにはなかったものだ。「自分だけの城」は長年を経て気が付けば出来上がっていた。そういった消極的なあり方は、「今の一人暮らしは仮の生活で、ずっとこの形で続けるつもりはない」という保留の考えがあったからだと思う。2人で暮らし始めたときは「これからはずっとこの人と一緒にやっていくこと決定」という前提のもと、自分たちの生活を築いていこうという意欲が立ち上がっていた。それは、さながら会社経営のような感覚だ。この家の主権は私たちにあって、意思決定はすべて自分たちで行う。インテリアをどう配置するか、何の生活用品を買うか、家計費はどこから出すか、何時に起きて何時に寝る生活スタイルなのかetc…実家にいた頃には一切なかった裁量がすべて自分たちのものとなった。一人暮らしをしていたときもそういった裁量はあったはずなのだが、なんせ「仮の生活」なのでその場その場の場当たり的な考えで生活を回していただけで、長期的・継続的な目線で生活を創り上げていこうという考えはなく、裁量と呼ぶには未熟でお粗末なものであったのだ。自分ひとりで自分の生活に対して裁量を振るうには、「私はこれからも自分一人だけでやっていく」というよっぽどの決意と覚悟がない限り、その場しのぎ感を拭うことはできず、人生に対する手応えは得られないのだろう。私の一人暮らしは結局、実家を逃れての一時避難でしかなかったということだ。

私の人生の主権が、私自身の手の中にようやく降りてきた。

そういう風に結婚して実感した。その実感と同時に、家族や親族もどうやら私と夫というワンセットを「実家から独立した一集合体」という風に見るようになった気がする。やっと、軽々しく口出しできない、意思を尊重すべき存在として扱われるようになった。

これが、私が結婚をしたことで毎日が快適になった理由だ。

結局は、独身という存在に対する社会や身内からのレッテルだけでなく、私自身の中にもあったひとり生活での軸の定まらなさも、実家からの精神的自立が果たせない原因であったわけだ。

昨日の続き。

そして晴れて私は高校卒業後、東京進出を実現させた。それ以来ずっと東京に住み、一人暮らしをしてきた。正確に言うとルームシェアをした時期もシェアハウスに住んだ時期もあるが、世帯を誰かと一つにしたことはないので、単独生活と本質的には変わらない。

学生時代は親から学費と仕送りを援助してもらっていたから完全に扶養されている「子ども」だったが、就職をして社会人になると扶養をはずれ、一個の独立した「大人」になった。経済的自立を果たすと、自分の好きなように生活する自由があるし、自分の人生の舵取りについては誰にも何も言われない。……はずだ。

実際、会社で働き始めてからは脳みそ全体の96%を仕事に費やし、夜遅くまで仕事したあと仕事相手の人たちとの付き合いで深夜2時まで飲んでタクシーで帰って寝て起きて仕事に行く、みたいな都会の働きマンらしいテンション高い日常を送って毎日弾けていた。20代は仕事に夢中で、家族や親族のことを意識する隙間もほとんどなかった。30で会社を辞めてからはマイペースなフリーランス生活を送った。仕事だけでなく家事など生活面にも力を入れるようになり、より自分ひとりの力で生きていく、という姿勢を身につけた。会社という拠り所もなくなり、ますます自分ひとりだけで成立している世界を築き上げたかのように見えた。

だけど、不思議なことに、いくら経済的に独立していようと一人暮らしをしていようと、「独身」という身分では、家族から独立した存在としては看做されない。こちらがいくら家族の意思とは無関係に自分の意思に従って自由に生きることを訴えても、身内は私を未だ「親の子ども」として扱ってくるし、何より私自身の自己認識がまだ「親の子ども」に留まったままだった。「独身」でいる限り、私はどこまでも「奥家の子ども」という親に従属する存在として認識され、精神的自立を果たせない。その証拠に、私が人生の岐路に立っているときこそ身内が干渉を仕掛けてきた。29歳になったときには「結婚もせずに何してるんや!」と結婚相談所への入会を強制されそうになり、会社を辞めることを伝えたときには「やっていけるわけないやろ!」と頭ごなしに家族・親族から反対された。私はどちらについても身内の声に反発し、耳を塞いで実力行使という、高校生までと変わらないやり方で自分の道をとった。経済的自立は、一個人としての生き方を尊重する根拠にはなり得なかったのだ。

結婚して初めて知ったことがある。それは、結婚すると独身のときよりも毎日が快適ということだ。

よく「結婚しただけだと何も変わらないよ。子どもができてから生活が180度変わったけど」というような話を友人から聞いていたが、結婚しただけでもかなり変わったというのが私の実感だ。その快適要因は何かということについて書こうと思う。

子どもの頃、家にいるのが快適だったかというとあまり快適ではなかった。私は18歳のときに大学進学のため実家を出て上京したが、大学進学は完全に口実で裏テーマは「実家脱出」だったのかもしれないなと今になって思う。高校時代は「絶対東京に行く」と言って実際東京の大学しか受けなかったほど東京行きを固く心に決めていたし、しかも「東京で一旗揚げてやる」的な意気込みを持っていたのだが、それは意識されているA面の理由で、無意識であるB面の理由が「家を出たい」だったんじゃないか、と最近になって思い始めた。では実家の何が快適じゃなかったのかと言うと、「家にいると自分のしたいように行動できない」ということだった。

一般的に言って、うちが何か決定的な問題がある家庭だったわけではない。もしかしたら本人はそう認識しているだけで実は問題ありだったのかもしれないけど、人がありかなしかなんて判定するのも難しい話だ。ただ、家族、とくに親にあれこれ干渉される家庭環境ではあった。進路も大学に行くのは当然のことだったし(単なる大学ではなく「いい」大学)、そういう大局的なことだけでなく、ずっと寝てたら怒られるとか、服を買ったら怒られるとか、友達と遊びに行こうとしたら引き止められるとか、土曜はなぜか買い物に付き合わされるとか、日常生活においても私の行動は親によって勝手に決められるような節があった。ある正月、叔母の家で過ごしていたとき、叔母と従弟と私で数時間のんびりテレビを観ていたひとときがあった。1時間、2時間、と寝転びながら正月番組を観続ける親子。「えっこんなにテレビ観てても怒られないんや…しかもおばちゃんもくだらん番組観ながら笑ってるし…」と衝撃を受けながらも何とも言えない居心地の良さを感じた。うちでは「非生産的なこと」に時間を遣うことが罪悪だったので、こんな場面はあり得なかった。叔母もそのままウトウト寝入ろうとしており、私は「寛ぐ」という心持ちをこのとき新鮮な感覚として味わった。
親が気に入らない行動は制限され、親がよしとする行動は許されたので、私は親が気に入らない行動についてはできるだけ隠れて行使したり、それが不可能な場合は親に反発して無理矢理行使したりするしかなかった。私は猫みたいに敵の顔色を伺って隙間をすり抜けるようにしながら、あるいは面と向かって大声で反抗しながら、自分の意思をなるべく通すようにしていた。うちは「子どもも含めた、家のことに関する主権はすべて親にある」という支配的な色が濃い家だったのかもしれない。私としては、当時自分のしようとすることほとんどのことについて「あかん」と言われた、というような印象がある。子どもの意思が尊重されることは滅多にない家だった。

だから、私は「自分の好きなように行動できる環境」を無意識に求めていたのだと思う。それには家を出るしかない。私の「自由になりたい」という思惑と親の「いい大学に行け」という意向とのアウフヘーベンにより導き出された指針が「親が認める東京の大学に行く」というものだった。