奥 麻里奈ドットコム

日々の散文と公式HP

昨日の続き。

そして晴れて私は高校卒業後、東京進出を実現させた。それ以来ずっと東京に住み、一人暮らしをしてきた。正確に言うとルームシェアをした時期もシェアハウスに住んだ時期もあるが、世帯を誰かと一つにしたことはないので、単独生活と本質的には変わらない。

学生時代は親から学費と仕送りを援助してもらっていたから完全に扶養されている「子ども」だったが、就職をして社会人になると扶養をはずれ、一個の独立した「大人」になった。経済的自立を果たすと、自分の好きなように生活する自由があるし、自分の人生の舵取りについては誰にも何も言われない。……はずだ。

実際、会社で働き始めてからは脳みそ全体の96%を仕事に費やし、夜遅くまで仕事したあと仕事相手の人たちとの付き合いで深夜2時まで飲んでタクシーで帰って寝て起きて仕事に行く、みたいな都会の働きマンらしいテンション高い日常を送って毎日弾けていた。20代は仕事に夢中で、家族や親族のことを意識する隙間もほとんどなかった。30で会社を辞めてからはマイペースなフリーランス生活を送った。仕事だけでなく家事など生活面にも力を入れるようになり、より自分ひとりの力で生きていく、という姿勢を身につけた。会社という拠り所もなくなり、ますます自分ひとりだけで成立している世界を築き上げたかのように見えた。

だけど、不思議なことに、いくら経済的に独立していようと一人暮らしをしていようと、「独身」という身分では、家族から独立した存在としては看做されない。こちらがいくら家族の意思とは無関係に自分の意思に従って自由に生きることを訴えても、身内は私を未だ「親の子ども」として扱ってくるし、何より私自身の自己認識がまだ「親の子ども」に留まったままだった。「独身」でいる限り、私はどこまでも「奥家の子ども」という親に従属する存在として認識され、精神的自立を果たせない。その証拠に、私が人生の岐路に立っているときこそ身内が干渉を仕掛けてきた。29歳になったときには「結婚もせずに何してるんや!」と結婚相談所への入会を強制されそうになり、会社を辞めることを伝えたときには「やっていけるわけないやろ!」と頭ごなしに家族・親族から反対された。私はどちらについても身内の声に反発し、耳を塞いで実力行使という、高校生までと変わらないやり方で自分の道をとった。経済的自立は、一個人としての生き方を尊重する根拠にはなり得なかったのだ。

結婚して初めて知ったことがある。それは、結婚すると独身のときよりも毎日が快適ということだ。

よく「結婚しただけだと何も変わらないよ。子どもができてから生活が180度変わったけど」というような話を友人から聞いていたが、結婚しただけでもかなり変わったというのが私の実感だ。その快適要因は何かということについて書こうと思う。

子どもの頃、家にいるのが快適だったかというとあまり快適ではなかった。私は18歳のときに大学進学のため実家を出て上京したが、大学進学は完全に口実で裏テーマは「実家脱出」だったのかもしれないなと今になって思う。高校時代は「絶対東京に行く」と言って実際東京の大学しか受けなかったほど東京行きを固く心に決めていたし、しかも「東京で一旗揚げてやる」的な意気込みを持っていたのだが、それは意識されているA面の理由で、無意識であるB面の理由が「家を出たい」だったんじゃないか、と最近になって思い始めた。では実家の何が快適じゃなかったのかと言うと、「家にいると自分のしたいように行動できない」ということだった。

一般的に言って、うちが何か決定的な問題がある家庭だったわけではない。もしかしたら本人はそう認識しているだけで実は問題ありだったのかもしれないけど、人がありかなしかなんて判定するのも難しい話だ。ただ、家族、とくに親にあれこれ干渉される家庭環境ではあった。進路も大学に行くのは当然のことだったし(単なる大学ではなく「いい」大学)、そういう大局的なことだけでなく、ずっと寝てたら怒られるとか、服を買ったら怒られるとか、友達と遊びに行こうとしたら引き止められるとか、土曜はなぜか買い物に付き合わされるとか、日常生活においても私の行動は親によって勝手に決められるような節があった。ある正月、叔母の家で過ごしていたとき、叔母と従弟と私で数時間のんびりテレビを観ていたひとときがあった。1時間、2時間、と寝転びながら正月番組を観続ける親子。「えっこんなにテレビ観てても怒られないんや…しかもおばちゃんもくだらん番組観ながら笑ってるし…」と衝撃を受けながらも何とも言えない居心地の良さを感じた。うちでは「非生産的なこと」に時間を遣うことが罪悪だったので、こんな場面はあり得なかった。叔母もそのままウトウト寝入ろうとしており、私は「寛ぐ」という心持ちをこのとき新鮮な感覚として味わった。
親が気に入らない行動は制限され、親がよしとする行動は許されたので、私は親が気に入らない行動についてはできるだけ隠れて行使したり、それが不可能な場合は親に反発して無理矢理行使したりするしかなかった。私は猫みたいに敵の顔色を伺って隙間をすり抜けるようにしながら、あるいは面と向かって大声で反抗しながら、自分の意思をなるべく通すようにしていた。うちは「子どもも含めた、家のことに関する主権はすべて親にある」という支配的な色が濃い家だったのかもしれない。私としては、当時自分のしようとすることほとんどのことについて「あかん」と言われた、というような印象がある。子どもの意思が尊重されることは滅多にない家だった。

だから、私は「自分の好きなように行動できる環境」を無意識に求めていたのだと思う。それには家を出るしかない。私の「自由になりたい」という思惑と親の「いい大学に行け」という意向とのアウフヘーベンにより導き出された指針が「親が認める東京の大学に行く」というものだった。

一昨日の続き。

・都市部へ出なくなった。必要でない限り電車に乗らない。

これは仕事で外に出る機会が少なくなったというのが一番の原因。以前は新宿とか渋谷とか別に行きたくなくても行かざるを得ないことがあるのが日常だったが、今は電車自体乗ることが少なくなった。ほとんどの日が徒歩圏内をちょこまかするだけで日が暮れる。新宿とか渋谷とか行かなくても生きていけることに気付いてびっくりしている。その代わり、amazonの利用率が格段に上がった。とくに本。都市部を外れると本屋の品揃えはガクッと少なくなる。

・一日中家の中に居てもあまり気詰まりしなくなった。気分転換のために外に出ることが激減した。

結婚して家の面積が一人暮らしのときの3倍くらいになり、家の中での移動距離が長くなった。手足いっぱいに伸ばしても何にもぶつからないし、うちは一軒家の形をしたアパートなので庭があって縁側的なところでポカポカできるし、野良猫がエサをねだりに来るし、一日家にいても日が昇って暮れてという自然のリズムが感じられて通気性が良く、気分が倦むということがあまりなくなった。これはマンション暮らしをしていたら違ったかもしれず、家のつくりによるところが大きいような気もするが。以前は狭い空間のひとところにずっといると、時間感覚がよく分からなくなり、景色が固定されているため外界と断絶されているような気分になってきて、とくに何もなくてもとりあえず外に出て、無用の買い物をしてみたりしてバランスを取っていたところがあった。日々を会社内で過ごしていたときも同じ感覚だった。書いていて思ったが、庭の存在が意外に大きいのかも。有機的な自然の息づかいを感じられて、動物である人間の精神は安定するのかもしれない。つまり人と一緒に暮らした方が人間らしい生活形態を得られやすい、ということかもしれない。

・友達と会う頻度が減った。

私はもともと自分から友達に声を掛けて誘うタイプではないのだが(そういう行為が習慣づいていないので人を誘おうという発想が湧かず、一人行動が基本)、声を掛けられたらよっぽどのことがない限り断ることもない。そのため月に数回は人と会っていた。でも今は友達と会うのは月に1、2回くらいになった。これには、郊外に引っ越して友達の住んでいる場所から遠くなったから、とかいろいろ要因があるだろうが、一番の理由は、その友達の分を夫が占めているからというのが大きいだろう。パートナーというのは自分と一番気が合う存在、つまり「親友」という側面が大きい気がする。それはパートナーを得てみて初めて知ったことだ。

パッと思いついたことを挙げてみたので、もっとほかにも出て来るかもしれないが、とりあえずこんな感じだ。ちなみに、専業主婦的生活になっても結局変わらなかったのは「気になる本(漫画)があれば即買う」という習慣だった…環境が変わっても残るものが結局一番自分にとって外せないことなのかもしれない。

専業主婦的生活をしていると、日常生活の関心事がガラリと変わった。目に飛び込んでくるものが違う。独身時代にはあり得なかった行動を思いつくままに挙げていこうと思う。

・スーパーのチラシに目を通して、値下げしている食材に◯をつけるようになった。そして、忘れずに買いに行く。

こんないかにも主婦的な行動を自分がするようになるなんて思いもしなかった。しかもまたこの行為が楽しい。近所にミニピアゴというミニスーパーがあって、そこでは月1で「ミニピアゴ祭」という、一部商品がいつもより安くなる3日間の祭りが開催される。この祭りが始まる数日前に店にチラシが置かれるので、チラシを見つけたらすかさずゲットし、家に帰って赤ペンで買う商品に◯をつける作業をする。そしてその当日、チラシ片手に意気揚々と祭りに参加。しかも日によって安くなるものが違ったりするので、当然3日間ともフル参加。玉ねぎや油や缶詰など保存が効くものは1か月を見越して買いだめし、ミニピアゴ祭だけで事足りるようにする。「ミニピアゴ祭」は私の中で今一大重要イベントとして位置づけられている。

・家計簿をつけるようになった。1か月の支出を見て、何をどう削ればいいか考えるようになった。

今までは星の動きが分かる手帳だったり、自分の心を見つめるための書くスペースがある手帳だったり、手帳選びはスピリチュアルに寄っていたが、今年は家計簿一体型の手帳にして、週1ペースでレシートを記録、1か月の支出を計算している。家賃を除き、食費→光熱費→通信費の順にかかっているので、まずはにっくきぼったくり三大携帯会社からの完全脱却を図り、格安SIMへの移行を計画中。必要に迫られて携帯に1人1万弱かかるなんてほとんど詐欺。国民十把一絡げ詐欺に遭ってる状態だと思う。2人合わせて3千円+通話料分で済むコースにして大幅削減を目論んでいる。

・服をまったく買わなくなった。ありもので充分。

もともと衣裳持ちというのもあって今は差し迫って必要ないというのもあるが……家計費は私のものではないので、そこから好き勝手に自分のものを買う気が普通にしない。独身時代は「収入=全額自分のお小遣い」だけど、家計費は家の運営費であるので、それをいかに有効に遣うか、いかに無駄を抑えるか、という考えに自然となる。家計費から自分の趣味費用をむやみに出すのは無駄以外の何者でもない。そういう発想なので、ちょっと前の自分からは考えられないくらい服を欲しいと思わなくなった。

・インテリアへのこだわりがほぼなくなった。デザインより機能性とコスパを重視。

これも服の場合と似たような考えで、家は自分だけの空間ではないので、全部自分の思い通りにしようとは初めから思わない。今はお互い持ち寄った家具と新たに買ってもらった食器棚やこたつが統一感なく一緒になって、実家みたいに雑然とした雰囲気のインテリアになっている。ある意味、インテリアに関して無責任でいられる、という感もあったりする。もはや家財道具については「かわいい」とかより「これ、めっちゃ便利やん〜」っていうことに嬉しく、テンションが上がる。「こたつあったかくていいわあ〜」とか「この食器棚のおかげで食器出しやすくなったし炊飯器とかティファール置けるしめっちゃ機能的になった〜」とか「グリル鍋のおかげでテーブルで鍋できるようになった〜」とかそういうのが幸せ。新たに買ったカーテンも既製サイズの安価なもので「これでいい、これで問題ない」くらいの感じで選び、「けっこうこたつ布団と色マッチしてるやん〜」と満足。

明日へ続く。

昨日の話の続き。仕事をしている人がいくら料理が好き、と言っても専業主婦に到底及ぶわけない、という話。

何事も圧倒的な時間を投下しなければ一人前にできるようにはならないものなんだな、ということを好きなだけ料理しまくれる状況になってみて思い知った。つまりは、何かを習得するにはそれ自体を「仕事」にして集中的に時間を投下できる環境に身を置くことが必要だということ。だから料理に関して一人前になるためにはある一定期間、専業主婦になるか料理人になるかしかない。ほかの仕事をしながら余力で料理をしたところで、専業主婦と料理人が料理にかける時間に追いつけるわけがないし、むしろ実力の差は毎日どんどん開いていく。

そういう当たり前のことに今更気付いた、というのは、料理をなめていた、ということだし、専業主婦の仕事を軽く見積もっていた、ということで、それは外で働く者の驕りでしかない、完全に。

社会人的立場から専業主婦的立場に置かれたことで、私自身「社会人やってる自分」というドヤ顔が無意識に出来上がっていたことに気付いた。周りの働く男女のドヤ顔にも気付いた。

社会人側がそう来るなら、専業主婦側は専業主婦として堂々とドヤ顔をし返してやればいい。外で働いてるってことだけを根拠にでかい顔してるあいつらに分からせてやれ。専業主婦的状況に身を置く今、どっちもの見てる景色が見えて、そう訴えたくなっている。そして、私も今「毎日めきめきと料理の腕を上げていっている自分」というドヤ顔をしている真っ最中だ。